


別居中の生活費として婚姻費用を取り決めたにもかかわらず、相手方が支払ってくれない。
そのような状況は、日々の生活に直結するだけに深刻です。
婚姻費用の未払いが続く場合、法律上はさまざまな対処手段が用意されています。
家庭裁判所を通じた履行勧告や履行命令のほか、強制執行(給与の差押え等)を行うことも可能です。
さらに、令和6年改正民法(2026年4月1日施行)により、子の監護費用や婚姻費用の一部について先取特権が付与される新しい制度が導入されました。
これにより、裁判所の判決や調停調書といった債務名義がなくても、一定の範囲で相手方の財産を差し押さえることが可能になっています。
本記事では、婚姻費用の未払いに対する法的対処法について、従来の手段から改正法による新制度まで、弁護士が解説します。

執筆者:弁護士 柳澤 圭一郎
南池袋法律事務所代表 / 保有資格:弁護士(第二東京弁護士会所属)
南池袋法律事務所代表。離婚・親族・慰謝料請求に関するご相談に対応し、離婚交渉、調停、訴訟のほか、
養育費、親権、面会交流、財産分与、不貞慰謝料など幅広い問題を取り扱っています。離婚を決意された方はもちろん、
まだ迷っている方や、別居中・離婚後のお悩みを抱える方にも、一人ひとりの状況に応じた解決方針をわかりやすくご案内しています。
弁護士への相談は敷居が高いと感じられるかもしれませんが、不安や疑問がある段階からでもお気軽にご相談ください。

婚姻費用が支払われない場合に採るべき手段は、すでに婚姻費用についての取決めがあるかどうかによって異なります。
調停調書、審判書、公正証書などにより婚姻費用の額が定められている場合は、その内容に基づいて履行を求めることができます。
まずは相手方に書面等で支払を催告し、それでも応じない場合は、後述する履行勧告、履行命令、強制執行等の法的手段に進むことを検討します。
また、令和6年改正民法により導入された先取特権を利用すれば、債務名義がない場合でも、一定の範囲で差押えが可能です(第4で詳述します)。
婚姻費用について何の取決めもない場合は、まず家庭裁判所に婚姻費用分担請求調停を申し立てる必要があります。
調停が不成立の場合は、自動的に審判手続に移行し、裁判官が婚姻費用の額を定めます。
婚姻費用は、原則として調停を申し立てた月から認められるのが実務上の扱いです。

未払いが生じている場合は、できるだけ早期に調停を申し立てることが重要です。


家庭裁判所の調停や審判で婚姻費用が定められたにもかかわらず支払がない場合、家庭裁判所を通じて履行を促す手続が設けられています。



ただし、婚姻費用の支払確保手段としては、利用されることは少ないです。
履行勧告とは、家事事件手続法289条に基づき、家庭裁判所が義務者に対して義務の履行を勧告する制度です。
権利者の申出により、家庭裁判所が義務者に対して書面や電話などで支払を促します。
履行勧告は、費用がかからず手続も簡便であるという利点があります。



ただし、法的な強制力はありません。
相手方が勧告に応じなくても、それ自体に対する罰則はないため、実効性には限界があります。
履行命令とは、家事事件手続法290条に基づき、家庭裁判所が義務者に対して相当の期限を定めて義務の履行を命じる制度です。
履行命令に正当な理由なく従わない場合、10万円以下の過料に処せられることがあります(同条5項)。
履行勧告よりも強い制度ですが、過料の金額が小さいため、これだけで確実な支払を確保できるとは限りません。


履行勧告や履行命令によっても支払がなされない場合は、強制執行によって相手方の財産から婚姻費用を回収することを検討します。
強制執行を行うには、原則として調停調書、審判書、判決書、強制執行認諾条項付きの公正証書といった債務名義が必要です。
婚姻費用の強制執行として最も一般的な方法は、相手方の給与債権を差し押さえることです。
通常の金銭債権の差押えでは、給与の4分の1までしか差し押さえることができません。
しかし、婚姻費用や養育費といった扶養に関する定期金債権については、特則が設けられており、給与の2分の1まで差し押さえることが可能です(民事執行法152条3項)。これは、扶養を受ける権利者の生活を保護するための規定です。
さらに、扶養に関する定期金債権については、将来分についても差押えが認められています(民事執行法151条の2第1項)。
すなわち、確定期限が到来していない将来の婚姻費用についても、期限が到来するごとに相手方の給与から天引きする形で回収を続けることができます。



この仕組みにより、毎月の未払いのたびに改めて差押えの申立てをする必要がなくなります。
間接強制とは、義務を履行しない債務者に対して、一定の期間内に履行しなければ間接強制金(制裁金)を課す旨の決定をすることで、心理的に履行を強制する方法です。
婚姻費用のような金銭の支払を目的とする債権についても、扶養義務等に係る定期金債権に該当する場合には、間接強制が認められています(民事執行法167条の15第1項)。
直接強制による給与の差押えと並んで、あるいは給与の差押えが困難な場合の代替手段として用意されていますが、利用例は少ないです。
強制執行を行うには、差し押さえるべき財産を特定する必要があります。



しかし、相手方の勤務先や預貯金口座がわからない場合もあります。
そのような場合に利用できるのが、財産開示手続と第三者からの情報取得手続です。
⑴ 財産開示手続(民事執行法197条)
財産開示手続は、債務者を裁判所に呼び出し、自己の財産について陳述させる手続です。正当な理由なく出頭しない場合や虚偽の陳述をした場合には、6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処せられます(民事執行法213条1項5号・6号)。
⑵ 第三者からの情報取得手続(民事執行法205条~207条)
第三者からの情報取得手続では、裁判所を通じて、金融機関に対する預貯金債権の情報(同法207条)、市区町村や日本年金機構等に対する給与債権(勤務先)の情報(同法206条)、登記所に対する不動産の情報(同法205条)の開示を求めることができます。
特に、給与債権に係る情報取得手続は、相手方の勤務先を把握するための有力な手段です。
婚姻費用や養育費といった扶養義務に係る定期金債権を有する場合に利用することができます。


令和6年改正民法(2026年4月1日施行)は、子の監護の費用について一般先取特権を付与することとしました(民法306条3号、308条の2)。
先取特権(さきどりとっけん)とは、法律の規定により特定の債権者が債務者の財産から他の債権者に優先して弁済を受けることができる権利です。
一般先取特権は、債務者の総財産(不動産、動産、債権など)を対象とする先取特権です。
従来、養育費や婚姻費用の未払いに対して強制執行を行うためには、調停調書や審判書などの債務名義を取得する必要がありました。
しかし、調停の申立てから成立までには一定の時間がかかります。
改正法は、このような問題に対応するため、債務名義がなくても、先取特権に基づいて差押えができる仕組みを導入しました。



これにより、迅速な権利実現が可能になっています。
先取特権の対象となる「子の監護の費用」に係る債権には、以下のものが含まれます。
⑴ 婚姻費用分担義務に基づく請求権(民法760条)
夫婦間の婚姻費用分担義務に基づく請求権です。別居中に子を監護している配偶者が請求する婚姻費用は、子の生活費部分を含んでおり、先取特権の対象となります。
⑵ 子の監護費用分担義務に基づく請求権(民法766条)
離婚後の養育費です。父母の協議または審判によって定められた子の監護に要する費用の分担に関する請求権が対象です。
⑶ 協力扶助義務に基づく請求権(民法752条)
夫婦は互いに協力し扶助しなければならないとされています。この義務に基づく請求権も、子の監護の費用に該当する限り、先取特権の対象になります。
⑷ 法定養育費
法定養育費は、改正法により新たに創設された制度です(民法766条の3)。父母が養育費の取決めをせずに協議離婚をした場合に、法律上当然に発生する養育費です。離婚の日から、子の監護を主として行う親が別居親に対して請求できます。
先取特権で優先的に回収できる金額には上限が設けられています。
子の監護費用に係る先取特権については、法務省令により、1か月あたり8万円に子の数を乗じた額が上限とされています(民法308条の2の規定による子の監護費用の先取特権に係る額の算定等に関する省令1条)。



たとえば、子が1人であれば月額8万円、2人であれば月額16万円、3人であれば月額24万円が上限です。
法定養育費については、1か月あたり2万円に子の数を乗じた額と定められています(同省令2条)。
取り決めた養育費の額が上限額を超える場合は、上限額までは先取特権に基づく差押え、超過分については債務名義に基づく強制執行により回収を図ることになります。
先取特権に基づく差押えは、担保権の実行としての強制執行という位置づけです。通常の債務名義に基づく強制執行とは異なり、判決や調停調書は必要ありません。
⑴ 「担保権の存在を証する文書」の提出
先取特権に基づく差押えを申し立てるには、「担保権の存在を証する文書」を執行裁判所に提出する必要があります(民事執行法193条1項)。
この文書としては、①養育費の額を定めた父母間の合意書面、②養育費の支払に関するメールやLINEのやり取り、③法定養育費の場合は離婚の事実を証する戸籍謄本などが考えられます。



どのような文書が「担保権の存在を証する」に足りるかは法律上明確にされていません。
しかし、同居親による権利行使を容易にするという立法趣旨に照らせば、法律に明るくない当事者でも独力で用意できる程度の文書で足りるとすべきであると考えられています。
⑵ 合意文書の作成にあたっての留意事項
養育費について合意する際は、のちに先取特権を行使する場面を見据え、合意内容を書面化しておくことが重要です。



法務省は、合意文書の作成手引きやモデル案を公表しています。
合意書面には、①支払義務者と権利者の氏名、②子の氏名と生年月日、③月額の養育費の額、④支払の始期と終期、⑤支払方法を明記しておくことが望ましいとされています。
改正法により、民事執行手続においても重要な見直しが行われています。その中でも特に実務上の意義が大きいのが、ワンストップ執行手続の導入です。
⑴ 制度の概要
従来、相手方の勤務先がわからない場合、①まず財産開示手続や給与債権に係る情報取得手続を申し立てて勤務先情報を取得し、②その後、改めて給与債権に対する差押えを申し立てる、という二段階の手続が必要でした。
改正法は、この手続を簡素化し、財産開示の申立て(民事執行法197条1項)又は給与債権に係る情報取得の申立て(同法206条1項)をした場合、反対の意思を表示しない限り、当該手続で判明した給与債権に対する差押命令の申立てをしたものとみなされます(新民事執行法167条の17第1項)。つまり、財産調査と給与差押えを一回の申立てで連続的に行えるようになりました。
⑵ 申立てにあたっての留意事項
ワンストップ執行手続は、給与債権の差押えに自動的に進む仕組みであるため、給与債権以外の財産(預貯金など)への差押えを検討すべき場合には、ワンストップ執行手続に反対の意思を表示することを検討する必要があります。



たとえば、未払養育費が高額になっており、債務者が多額の預貯金を有していることが想定される場合などです。
また、財産開示手続等で勤務先が判明したものの、正式名称や住所が不明であるなど、差し押さえるべき債権を十分に特定できない場合、執行裁判所は債権者に対し、相当の期間を定めて特定に必要な事項の申出をすべきことを命じます(新民事執行法167条の17第6項)。
この期間内に申出をしなければ、差押命令の申立ては取り下げたものとみなされるため、速やかに対応する必要があります。
先取特権に基づく差押えと、債務名義に基づく強制執行は、それぞれ異なる特徴を持っています。
先取特権に基づく差押えは、債務名義を取得していなくても利用できる点が最大の利点です。
ただし、先取特権で回収できる額には上限があるため、取り決めた婚姻費用や養育費の額が上限額を超える場合は、超過分について別途債務名義に基づく強制執行を行う必要があります。
他方で、すでに調停調書や審判書といった債務名義を取得している場合は、上限額の制限なく強制執行が可能です。
先取特権は、債務名義を取得するまでの間の暫定的な救済手段としても有効に機能します。


婚姻費用分担の調停や審判を申し立てても、結論が出るまでには一定の時間がかかります。



その間の生活費をどうするかは深刻な問題です。
このような場合に利用できるのが、審判前の保全処分です(家事事件手続法157条1項2号)。
婚姻費用の分担に関する審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は急迫の危険を防止するため必要があるときは、家庭裁判所は、申立てにより、仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命じることができます。
婚姻費用の審判前の保全処分が認められれば、審判の確定を待たずに、仮払いとして婚姻費用の支払を受けることができます。
生活費が逼迫(ひっぱく)しており、審判の結論を待つ余裕がない場合に、有効な手段となります。


婚姻費用の未払いは、日々の生活に直結する深刻な問題です。
履行勧告や強制執行の申立てには法的な手続が必要であり、特に令和6年改正民法による先取特権制度は、新しい制度であるため、適切に活用するためには専門的な知識が求められます。



南池袋法律事務所では、婚姻費用の未払いに関するご相談を承っております。
履行確保の方法の選択から、先取特権の行使に必要な書面の準備、強制執行の申立てまで、状況に応じた最適な対応をご提案いたします。
以下の方法でお気軽にご相談ください。
LINEでのご相談:南池袋法律事務所の公式ウェブサイトからLINEアカウントによるお問い合わせがご利用頂けます。
お問い合わせフォーム:当事務所ウェブサイト(https://mi-lo.jp/)のお問い合わせフォームからもご連絡いただけます。
婚姻費用の支払が滞っている場合、時間の経過とともに未払額が膨らみ、回収がより困難になることもあります。
お早めにご相談いただくことで、より多くの選択肢の中から適切な対処法をお選びいただけます。