結婚前の預貯金は財産分与の対象になる?混ざってしまった場合の考え方

「結婚前にコツコツ貯めたお金まで、離婚のときに半分渡さなければならないのか」。
財産分与のご相談で、必ずといってよいほど出てくる疑問です。
法律の建前だけをみれば、答えは明快です。
結婚前から持っていた預貯金は特有財産であり、分与の対象にはなりません。
ところが実際の調停や訴訟では、この建前どおりの結論が得られないことがしばしばあります。
理由は単純で、「結婚時点でいくら持っていて、それが今も残っている」ということを、証拠で示すのが想像以上に難しいからです。
本記事では、婚姻前の預貯金がなぜ争いになるのか、裁判所がどのような視点で判断しているのか、そして自分の預貯金を守るために何をしておくべきかを、弁護士が解説します。
第1 はじめに
民法762条1項は、夫婦の一方が婚姻前から有する財産を、その者の特有財産と定めています。
結婚前に貯めた預貯金は、その文言にそのまま当てはまりますので、財産分与の対象にはなりません。
財産分与は、夫婦が一緒に築いた財産を清算する制度ですから、結婚する前に一人で貯めたお金に配偶者の貢献はありません。
財産分与の基本的な考え方は、結婚してから別居又は離婚するまでの間に、夫婦の協力で形成した財産は夫婦共有財産と考えて、原則として財産分与によって清算する、ただし、夫婦の協力で形成したとはいえないことが立証できる場合に限っては、特有財産として財産分与の対象から除外するというものです。
この例外は、婚姻前から保有していた財産や、婚姻中に親族から贈与を受けた財産、相続した財産などが大半です。
夫婦のどちらか一方が家事をあまりやっていなかったとか、同居していたけど財布は別々でむしろ嫌い合っていたから協力して形成した財産などはないとお考えの方もいますが、実務上はこれらのような事情で夫婦共有財産から除外することはしません。
第2 なぜ立証が難しいのか
1 必要な証拠
婚姻前の預貯金を分与の対象から外すには、二つのことを示さなければなりません。
一つは、結婚した時点でその預金が存在していたこと。
もう一つは、その預金が基準日(通常は別居した時点)まで残っていることです。
前者を入口、後者を出口とよぶなら、どちらか一方が欠けても主張は通りません。
2 入口でつまずくケース
入口の証明は、結婚当時の通帳や、金融機関に発行してもらう取引履歴で行います。
ここで壁になるのが、時間の経過です。
当時の通帳を既に処分していることは珍しくありませんし、金融機関が取引履歴を保存している期間は一般に10年程度とされています。
婚姻期間が10年を超えている場合、結婚した時点の残高を直接示す資料は、そもそも手に入らないことが多いのです。
3 出口でつまずくケース
入口を突破できても、出口の方がさらに厄介です。
「結婚時点で500万円あった」ことが示せたとしても、それだけでは足りません。
その500万円が使われずに今も残っている、と言えなければならないからです。
結婚生活が10年、20年と続けば、その間に何度も入出金があります。
そのなかで当時の資金が残っているのか、それとも一度使い切ってその後の収入で積み直したのかは、通帳を見ても判別できません。
第3 口座の種類によって難易度が変わる
1 定期預金・定期積金の場合
出口の証明が比較的通りやすいのは、定期預金や定期積金のように、そもそも出し入れがほとんどない口座です。
結婚前に預け入れ、その後は満期のたびに書き換えているだけという口座であれば、当時の資金がそのまま残っていると説明しても不自然ではありません。
2 普通預金の場合
これに対して普通預金は、入金と出金が絶えず繰り返されます。
この場合、当時の資金が今も残っていると説明することは、ほとんど不可能に近くなります。
3 裁判所が実際に確認する範囲
婚姻時の預金残高が特有財産であると認めてもらうためには、婚姻時から財産分与の基準時までの取引履歴が必要とされることが多いです。
例えば、婚姻時に預金が500万円あり、財産分与の基準時に預金が700万円あった場合、700万円から500万円を差し引くには婚姻時から基準時までの取引履歴が必要です。
婚姻時と基準時の2時点の残高がわかる取引履歴だけでは、婚姻期間中に特有財産性が失われていた可能性を否定することができないからです。
第4 証明できなかったときにどうなるか
1 全額を共有として扱ったうえでの調整
婚姻前の資金が残っていることを示しきれない場合、その口座の残高は一律に共有財産として扱われます。
ただし、事案によっては、その口座に婚姻前の資金が相当程度含まれているらしいという心証が形成されることもあり、そうした場合には一定限度で共有財産から除外されることもあります。
この除外される金額については明確な基準はありません。
2 口座を単位とする判断
もう一つ知っておくべきなのが、特有財産かどうかは口座を一つの単位として判断される傾向にある、という点です。
たとえば、婚姻前からの資金が入っているA口座を生活費の支払に使い、婚姻後の給与が振り込まれるB口座には手をつけずに残していた、という場合を考えてみます。
実質だけをみれば、婚姻前の資金が家計に消えていったからこそB口座が貯まったともいえます。
それでもB口座については、婚姻後の給与が原資となっている以上、分与の対象になると判断されることが通常だと考えられます。
もっとも、自分の特有財産を取り崩したからこそ相手の口座に貯蓄が積み上がったという事情を一切考慮しないのでは不公平な結果となるため、一定程度が共有財産には計上しないという処理も検討できます。
第5 直接の資料がないときの主張立証の組み立て方
結婚時点の残高を直接示す資料がないからといって、あきらめる必要はありません。次のような組み立て方があります。
まず、金融機関から取り寄せられる限り最も古い取引履歴を提出します。
そのうえで、独身当時の収入と支出の状況、結婚後の収入と支出の状況を数字で並べて対比し、結婚後に得た収入だけでは現在の残高に到達し得ないことを、計算によって示していきます。
たとえば、結婚後の手取り収入の総額と、その間の生活費・住宅ローン・教育費の支出額を突き合わせれば、貯蓄に回せた金額の上限がおおよそ見えてきます。
それが現在の残高に届かないのであれば、差額は結婚前の資金であると推認する余地が生まれ、説得的に主張していくことになります。
諦めずに裁判所を説得することが重要です。
第6 預貯金を守るために今からできること
これから離婚を考えている段階の方には、次の三点をお勧めしています。
① 専用の口座に分けて置くこと
結婚前からの預貯金は、専用の口座に分けて置いておくことです。給与の振込や生活費の引落しに使っている口座に入れてしまうと、それだけで特有性の主張は難しくなります。
② 取引履歴の資料を今から確保しておくこと
結婚当時から現在までの銀行等の取引履歴が分かる資料を、今から確保しておくことです。通帳が手元にあるなら大切に保管し、なければ金融機関に取引履歴の発行を依頼してください。取引履歴の保存期間が過ぎてしまってからでは手遅れです。
③ 相続や贈与で受け取った資金も同じ管理をすること
相続や贈与で受け取った資金についても同じ管理をすることです。由来の異なる資金を一つの口座にまとめてしまうと、後から切り分けることはできません。
第7 弁護士へのご相談
婚姻前の預貯金をめぐる争いは、法律論よりも、限られた資料からどこまで説得力のある説明を組み立てられるかという勝負になります。
財産分与の審理は、当事者主義や立証責任の原則だけで機械的に結論が出るものではありません。
客観的な資料が断片的にしか残っていないなかで、裁判官は提出された証拠と当事者の説明から、事案の全体像として何が最も合理的かを組み立てながら判断していくと指摘されています。
そうであれば、代理人の側も、証拠を並べるだけでなく、そこから自然に導かれる一貫した筋道を示す必要があります。
「結婚前の貯金が生活費と一緒になってしまった」
「相手方が婚姻前の預金だと主張しているが納得できない」
といったお悩みをお持ちの方は、お早めにご相談ください。
南池袋法律事務所では、財産分与における特有財産の立証に関するご相談を数多くお受けしております。お手元の資料の状況に応じて、具体的な立証方針をご提案いたします。
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